金継ぎを続けていると、材料や道具の扱いにふと疑問が浮かぶことがあります。そのなかでも意外と多いのが、「テレピンは使ったほうがいいのか」という相談です。今回は、金継ぎにおけるテレピンの役割をあらためて整理してみます。
テレピンの用途
テレピンは、もともと漆をわずかにゆるめたり、刷毛の根元に残った漆を落とすために使われてきた溶剤です。ただ、金継ぎの作業は細かな補修が中心。植物油、あるいは必要に応じて樟脳油だけで十分に進む場面が多く、“必ず揃えるべき道具”という位置づけではありません。
とはいえ、使っている材料によって扱い方が変わる点は押さえておきたいところです。新うるしか、本漆か、この違いによって、テレピンが果たす役割は大きく変わってきます。
「本漆」か「新うるし」のどちらで金継ぎを行うか
本金継ぎと簡易金継ぎの違いについては、こちらでも整理しています。
→ 本金継ぎと簡易金継ぎの違い
新うるし（簡易金継ぎ）の特徴
市販のチューブ入りの“うるし風塗料”が多く、パッケージには「新うるし」「合成うるし」「カシュー」「工芸うるし」などと記されることがあります。簡易金継ぎセットにもよく使われ、説明書に“食器の口元には使わないでください”といった注意書きがあることが多い材料です。
本漆（金継ぎの伝統技法）の特徴
「本漆」「生漆」「天然漆」などの表記があり、湿度を管理しながら乾かす必要があることや、かぶれへの注意が明記されています。食器にも使えることが多く、扱いはやや繊細ですが、素材としての安定感があります。
新うるしでは、テレピンが作業を手助けしてくれる
新うるしは、合成樹脂がベースになっています。水やアルコールではほとんど反応せず、粘度が高いままです。そのため、作業中に次のような場面で溶剤が役立ちます。
新うるしの特徴については、金継ぎの基本記事でも詳しく紹介しています。
→ 金継ぎを自分でやる方法（初心者向け）
粘度を少しだけ軽くしたいとき
新うるしはそのままだと重さがあり、線を引くと途中で止まりやすかったり、筆先が引っかかるような感覚があります。ほんの少しテレピンを足すだけで、表面がゆるむように伸び、線がすっと流れやすくなります。
使用前の筆が油っぽく感じられるとき
作業後の筆は、植物油でほぐしておくと根元まで固まりにくくなります。ただ、新うるしは筆に油分が残っていると、塗面で弾かれて密着しにくくなります。そのため、新うるしに触れる前だけ、筆先の油分を軽く拭い取ると安心です。
※一方で本漆は、新うるしとは異なり、油とある程度馴染む性質を持っています。筆にわずかな油分が残っていても、漆ののりに大きな支障が出ないため、本漆ではこの「脱脂」の工程を特に行わなくても作業が進みます。
板やヘラの掃除をしたいとき
新うるしは硬化が始まると、筆やヘラにまとわりついて落ちにくくなります。作業板や道具をきれいに保ちたいとき、少量のテレピンを使うとスッと汚れが離れてくれます。
本漆の場合は、テレピンがなくても作業は進む
本漆は湿気を取り込みながら固まる素材で、植物油との相性もとても良いのが特徴です。そのため、筆の手入れは植物油だけで十分に整います。“次の作業前に油を抜く”必要もなく、ここが新うるしとの大きな違いです。
筆は植物油で十分に洗える
本漆は油と馴染みやすく、作業後に菜種油などで丁寧に漆を抜いておけば、筆は柔らかい状態のまま保てます。次の作業もそのままはじめられるため、新うるしのようにテレピンは不要です。
粘度を調整したい場合は樟脳油を使うことも
広い面を塗る際などは、揮発の遅い「樟脳油（しょうのうゆ）」を加えて調整するのが伝統的です。ただし、金継ぎのような補修であれば、キットに含まれる漆そのままで十分なことが多く、最初から揃える必要は高くありません。
それでも「掃除」にだけ使う人もいる
作業台の頑固な汚れを落としたい時など、掃除用にテレピンを使うことはあります。ただ、これも「あれば便利」程度で、必須ではありません。
どの道具をそろえるか迷ったときの目安
初めて金継ぎに触れる方には、こちらでキットの比較をまとめています。
→ 金継ぎキット・セットのおすすめ比較
初めて簡易金継ぎを試す場合
新うるしは、少しだけ溶剤を添えると扱いやすくなります。テレピンや専用のうすめ液を一本そばに置いておくと、線を引くときの重さが和らぎ、作業が進めやすくなります。
本漆で金継ぎに取り組みたい場合
基本の工程は植物油だけで回ります。慣れてきて必要を感じたら、樟脳油などを買い足せば十分です。
まとめ
テレピンは、金継ぎの中心的な材料ではありません。ただ、使う素材に応じて、作業を助けてくれる“脇役”になる場面があります。新うるしでは扱いやすさを整えてくれる存在。本漆では、必要なら掃除の助けになる程度。そのくらいの距離感で向き合うと、溶剤に振り回されず、気持ちよく作業が進みます。自分の作業に合った使い方を見つけながら、金継ぎの時間を穏やかに楽しんでいただければと思います。
